恋愛の情熱を維持することだけ考えたら、結婚しないで恋人同士でいるほうがいいと思う。 鼻をつき合わせて日常生活を共にする人との聞に、恋心を維持していくのは至難の業だ。
たまに会うから、新鮮でいられる。 限られた時間だからこそ、うっとりできる。
そういうことって、きっとあると思う。 けれども、恋人同士でいればいいってものではない。
たとえ、結婚していなくても、恋を続けていくのは、やはり大変だ。 恋人関係という明日にもどうなるかわからない不安定な状態に身を置いたまま、ずっと相手の心を燃え立たせつづけるのは、それでかなりの難事業といえるだろう。
よほどの情熱家でない限り、途中でバテテしまうに違いない。 私など「自分みたいに気力体力乏しい者には所詮無理な望みだ」と、ハナからあきらめてしまっていた。

情熱的で危険な恋は、自分には縁がないものだとずっと思ってきた。 振り返ってみると、高校生の頃から、私はすぐに「だるい」と言って、グダグダしている情けない娘だった。
結婚する、しない、関係なく、恋をする前からくたびれてしまう。 そんな感じだけれども、高校時代の友人は、『だるい、だるい』って言っていたわりには、しっかり上級生とつきあって、いち早く結婚しちゃったじゃない。
なんだかんだ言ったって、やることはやっていんだもの。 もしかすると、だるいっていうのもポーズだったりして」などと冷やかす。
私の夫は、同じ高校の二年先輩にあたるのだ。 けれども、言わせてもらえば、「だるい」と言っている人が早く結婚するのは、当然のことなのである。
いや、それどころか、「だるいという女は結婚が早い」という定理を提唱したくなるほどだ。 周囲を見ても、やる気に乏しく、とてもじゃないが情熱家には見えない人に限って、若いうちに結婚している。
それも当然である。 「だるい」と言う人は、隙あれば長椅子に寝転んでゆっくりしようともくろんでいる。
そういう気持ちで生きている人にとって、結婚生活は最適な環境となる。 恋という情熱は少々減っても、そこにはのんびりとした日常生活が待っているはずだから。
そういえば、私が夫と結婚するかもしれないなと予感したのは、彼の下宿のソファーを見たときだった。 古ぼけてはいたけれど、柔らかなコールテンのカバーがかかった寝転びやすそうな椅子だった。

「さ、まあ、ここでゆっくりして」と誘っているかのように、真ん中にゆるやかなくぼみまでできている。 下宿の部屋のど真ん中に、そのソファーが鎮座ましましているのを見たとき、私は「うん、この人とは気が合いそう」と、反射的に見てとった。
そのとき一緒にいた友人は、「なんか椅子ばっかり目立つ変な部屋だね」と、なんら興味を示さなかったというのに。 そういえば、少し前のことになるが、カウチポテト族という言葉があった。
カウチ、つまり長椅子に横たわってポテトチップスを食べながらビデオを見るような若者たちのことを、カウチポテト族というらしい。 私が夫の部屋でソファーを見たのはもう二十年以上も前のことだから、もちろん、まだそんな言葉はなく、カウチという単語も知らなかったが、私はカウチポテト族の走りだったのかもしれない。
それも、筋金入りの。 だって、ビデオなんて見なくたっていいのだもの。
ただ長椅子があればいいんだもの。 欲を言えば、ポテトチップスの代わりに干し柿があると最高だ。
こんな態度で結婚に臨んだ私だから、結婚後にお互いを高め合おうなんてことは、全然考えなかった。 夫婦でグダグダ寝転びながら自堕落におしゃべりをする。
私の理想の結婚であった。 もちろん、私にだって、ほんの少しは向上心というものがある。
自分を高めたいと思わないわけではない。 けれども、それを夫婦の聞で実践したいとは思わない。
もし自分を高めたいと思うなら、ひとりで本を読んで、専門家に教えを乞うほうがはるかに能率的だ。 夫とはほかにすることがいっぱいある。
私の場合、寝転ぶということがそれに当たった。 もっとも、寝転びながらおしゃべりをするという理想は、残念ながら半分しか果たされなかった。
夫は私が思っていたより、ずっと勤勉な人だったからだ。 朝も早く起きるし、グダグダ長椅子に横たわったりもせず、家ではけっこう無口である。

とくに大学の教師になってからは、外でさんざんしゃべらなくてはならないためか、家ではひとりで書斎にこもっていたいようだ。 けれども、夫婦で高め合おうというガツツに欠ける点では、私たちは一致している。
長椅子干し柿派の妻としては、それだけで満足である。 自堕落にしていたい私としては、家庭を議論の場にされてはかなわない。
もちろん、世の中には夫婦で高め合うことを目指す結婚もある。 それでいい。
皆が皆、私のようにすぐに「だるい」と言ってばかりでも困る。 だるくない人はだるくない結婚を目指すべきだ。
理想の結婚とは「お互いの理想ガ一致した結婚」のこと思うに、結婚というのは、かなり懐が深いものなのだ。 おそらくあなたの理想を超えるものだろう。
私のように寝そべることばかり考えている女でも、また、天下国家について本当に真面目に考える人も、勤勉さをモットーに暮らす人も、皆、とりあえずは結婚という枠からはみ出さずに、その生活を送っているのだから。 だからこそ、自分みたいに怠慢な人は結婚なんて無理だ」とあきらめることもないし、「私はちょっと真面目すぎるから」と、罵踏する必要もない。
カウチポテト族も、キャリア志向の人も、相手しだいで居心地のいい結婚を続けられる。 ただ、できることなら、夫には寛大な人を選、びたい。

妻が寝そべっていても、頑張っていても、それを受け入れる柔軟さがある人だと、妻は生きやすい。 さもないと、あなたは「だるい」と言いつつ、長椅子から身を起こしたり、「もっと仕事していたいのに」と思いながら、家路を急いだりしなくてはならなくなる。
これって、けっこうしんどいものだ。 もちろん、相手に何もかも認めろというのはムシのいい話だ。
だから、これだけは譲れない、ここだけは許してほしいという点を一つか二つ強調しておこう。 私の場合は、「だるい」と言いつつ、グダグダすることを許してくれる人なら、それでよかった。
私の理想の結婚相手は、カウチのような人ということになる。 人との聞にこういう関係を築くのは、楽しい。
まして、相手が好きな異性ともなれば、楽しいを通り越して、快感に近いものとなるだろう。 考えてみると、夫婦というのは、こうした快感を日常的に提供し合える希有な人間同士だ。
毎日を一緒に暮らして、文字通り「同じ釜の飯を食って」いるうちに、いちいち細かな説明などしなくても、相手の意思をくみとり、自分の考えていることをわかってもらえるようになる。 「あれ、取って」「はい、これね」「ああ、ありがと。
それから、それも」「ぇ、でも、こんなのいらないじゃないの」「でも、一応さ。 ほら、この間みたいなことあると、困るだろ」「ああ、そうね。
そうよね。 わかった」などと、端で聞いていると何がなんだかわからない会話を交わしながら、本人同士だけはちゃんとわかり合って、毎日を過ごしている。

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